掛け合いの妙

松永です。 
 
 
「富嶽百景」は「富嶽三十六景」の
完結を待たずして発刊されます。
 
 
その「富嶽百景」には、主題である
富士山の所在を分かりにくくする
「富士隠し」の図があります。
 
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『阿須見村の不二』

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のどかな農村の風景です。
 
 
前景には茅葺きの家がつらなり
農民たちの働く様が見えます。
 
 
家がいくつあるか
カウントしてみましょう。
 
 
1、2、3…ぜんぶで5つ
いや、6つあるようです。
 
 
と、一番奥に頭だけ見えている
屋根には茅(かや)の線が
ありませんね。
 
 
そう、これが富士山です。
 
 
この絵では民家の屋根は富士山に
富士山は屋根に見たててあります。
 
 
そのようにして遠景の富士山と
近景の屋根を融合しています。
 
 
2等辺3角形という不自然な形の
富士山を風景全体になじませる
効果もありますね。
 
 
題名にある「阿須見(あすみ)村」
は山梨県富士吉田市の明見で
富士八湖の1つ明見湖の湖畔に
あります。
 
 
画面右下にある黒ぬり部分は
明見湖の岸辺なのでしょう。
 
 
北斎は甲州を訪れたことがあるらしく
そうであるならば、この場所から見える
富士は大きいということも知っていた
はずです。
 
 
ところが絵の中の富士は民家の
屋根に隠れるように山頂だけ描かれ
遠くにあるといった印象です。
 
 
大きく見える富士を小さく描いた
のには訳けがありそうです。
 
 
「阿須見(あすみ)」だけに
富士山が「あ、隅に見える」
としたかったのでしょう。
 
 
『阿須見村の不二』対して見開きの
右ページにあるのがこの図です。

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『兀良哈(おらんかい)の不二』

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「兀良哈」は朝鮮半島にあると
思われていた「オランカイ」という
国名のあて字です。
 
 
加藤清正は秀吉の命令により
朝鮮に出兵します。
 
 
そのときオランカイの国都に
攻め入ったという話が庶民の間で
つくられ、しだいにひろがりました。
 
 
戦地で二人の王子を捕らえた
史実とかさねあわせ、 
  
 
「朝鮮の王子此所(ここ)らにおらんかい」
 
 
という川柳もつくられました。
 
 
王子を「居らんかい?」とさがす動きと
国名の「オランカイ」をかけた句です。
 
 
本図は、それにならって
 
 
「富士はここらにおらんかい?」
 
 
という意味をもたせたわけです。
 
 
捕らえられた王子が2人だったので
農民の夫婦2人を登場させている
のかもしれません。
 
 
史実とは異なり、こちらは
のどかな風景です。
 
 
しかし、この地は富士からは遠すぎて
探しても見ることはできません。
 
 
「富士はおらんかい?」
と探す2人が見ているのは
富士の幻影でしょうか。
 
 
さて北斎は、しばしば左右や
表裏の絵を関連させます。
 
 
ここでは題名を使った
掛け合いを仕込んでいます。
 
 

右ページの『兀良哈の不二』で
「富士はここらにおらんかい?」
と訪ねます。


それを受け左の『明日見村の不二』で
「あ、隅に見える」と応えます。


『明日見村の不二』では、大きく
見えるはずの富士を小さくしました。


それは、この掛け合いを成立させる
ためでもあったわけです。
 
 
そうしてみると右画面の海岸線と
左の山際の線がなめらかに
つながっています。


まるで見開きの1枚絵に見えます。


絵の中に言葉遊びを入れこむ
ウイットに富んだ絵です。

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