目かくしをされた大和絵

松永です。


仙人は霞(かすみ)を食べている
と子どものころ聞いたことがあります。


霞はもやもやして何か白いもの
ぐらいに考えていました。



霞とは何なのでしょうか。


ズバリ「春の霧」のことです。


霞は春の季語であり万葉集にも
登場する雅な言葉です。


大和絵には霞を使った
独特の表現方法があります。

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やすり霞(すやりがすみ)

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画面のところどころに、うっすらと
霧がかかって、その部分がよく
見えない絵があります。


高階隆兼『春日権現験記絵巻』1309年


あの霧のようなものが
「やすり霞」です。


源氏物語絵巻では山の下に
薄く立ち込めるモヤのような
ものが描かれています。


『源氏物語絵巻』平安末期


最初はこのように形のないもの
でしたが次第に様式化されて画面効果を
高めるために使われるようになります。


「やすり霞」の5つの効果を
見ていきましょう。


【効果1:場面転換】

絵巻物などでは、同一画面内で
複数のシーンを違和感なくつなぎ
また巻の始まりと終わりの余韻として
用います。


伝鳥羽僧正『鳥獣戯画巻』平安末期


【効果2:余白】

ところどころに配置して混雑した
画面になるのを防ぎます。


土佐光吉『源氏物語手鑑 夕顔』1612年


【効果3:目かくし】

見なくてもよい部分をふさぎ
画家の意図するところを見せます。


円伊『一遍上人絵』1299年


【効果4:奥行き】

画面の奥が遠いという日本絵画の
遠近表現を、さらに明確にするために
山々の前後などにはさみ込みます。


狩野元信『富士参詣曼荼羅図』室町後期


【効果5:リズム】

霞の形を繰り返すことで
心地よいリズムを生みだし
画面を豊かにします。


狩野永徳『洛中洛外図屏風(上杉本左隻)』1565年


はじめはムードを演出するために
使っていたようですが、しだいに様式化され
画面構成上の”お約束“になりました。


歌川広重『市ヶ谷八幡』1858年


このようにして「やすり霞」は
千年間ものあいだ変化し続け現代でも
使われ続けています。

山口晃『百貨店圖 日本橋 新三越本店』2005年

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